顔が見える
かおがみえる
福尾が Dos Monos について前々から思っていたこと。
番組より
顔が見えるっていうのがすごくいいなと思って。メタフォリカルな意味での顔が見えるじゃなくて、すごく文字通りの意味で。
顔があまりにもありのままだから、俺らってそこを引き受けた上で、それでも本当にめちゃめちゃやばいって思わせられるんだぜみたいなことができたら、それこそがかっこいい。
この項目について
メタフォリカルな意味ではなく、すごく文字通りの意味で顔が見える—— 3人の顔が一発で「この顔の人たちだ」と分かる。 今のミュージシャンはほとんど顔が分からない。 サングラス着用率がめちゃくちゃ上がっているし、 隠していなくても「どういう顔なの、この人」が分からない。 荘子itは「顔があまりにもありのままだから、下駄を履かせづらい。 それを引き受けた上で、それでも本当にやばいと思わせられるんだぜ、 ということができたら、それこそがかっこいい」と受ける。 ただしそれは「等身大」とも違うはずで、 等身大がかっこいい、ということでもない—— それを何と呼ぶべきかはまだ分からない。
この項目が出てくる回
関連項目
- 生き様2.0福尾がXで言い出した、まだ実態のわからない概念。
- 交換様式F柄谷行人の交換様式Dから始まる話。
- ファクトとフィクションとフェティッシュ三つとも、ラテン語の「作る」という動詞から派生している。
- エビデンスなきファクト**エビデンスがしっかりある情報など、もともとほぼない。
- レイバーとワークの切り離せなさアーレントのレイバー(労働)/ワーク(制作)/アクション(活動)の三区分から。
- 立場を分けるのはナンセンス「実存的か、社会的か」という分け方をめぐって。
- 未来にアウトソーシングする交換様式Dも、シンギュラリティ論も、終末論も、救世主待望論も、 未来にアウトソーシングしているという意味では同じだ、と福尾は言う。
- お金がなくなっても別の権力の形が残る成田悠輔が『令和の虎』に出て 「**希望金額はマイナス1億円です。