レイバーとワークの切り離せなさ
れいばーとわーくのきりはなせなさ
アーレントのレイバー(労働)/ワーク(制作)/アクション(活動)の三区分から。
番組より
アクションに対する逆張りとしてワークを押すんじゃなくて、レイバーとの切り離せなさの中にあるワークのあり方みたいなものを考えた方が面白いんじゃないかと僕は思ってる。
そことは全く離れた表現のための制作があるみたいな、パキッとした二元論が設定されていること自体がちょっと間違いなんじゃないか。
この項目について
最近は、SNS以降にアクションが全面化しすぎてワークが忘れられている、 という方向の議論が盛り上がっている。 だが荘子itは、労働にもめちゃくちゃ本質的に重要な価値や発見があると言う。 福尾が受ける—— アーレントの中ではレイバーは物質的な生命を支えるものと位置づけられているが、 「そこから全く離れたところに表現のための制作がある」という パキッとした二元論が設定されていること自体が、ちょっと間違いなのではないか。 レイバーにもワーク的な側面があるし、ワークにもレイバー的な側面がある。 日記はダイレクトにそういう側面があるものだから、 そちら側から考えたほうが面白い—— アクションへの逆張りとしてワークを推すのではなく、 レイバーとの切り離せなさの中にあるワークのあり方を考える。 後半では、それが一番わかりやすく現れているのはファッションかもしれない という話になる(ワークウェア、制服、着崩し)。
この項目が出てくる回
関連項目
- 生き様2.0福尾がXで言い出した、まだ実態のわからない概念。
- 交換様式F柄谷行人の交換様式Dから始まる話。
- ファクトとフィクションとフェティッシュ三つとも、ラテン語の「作る」という動詞から派生している。
- エビデンスなきファクト**エビデンスがしっかりある情報など、もともとほぼない。
- 立場を分けるのはナンセンス「実存的か、社会的か」という分け方をめぐって。
- 未来にアウトソーシングする交換様式Dも、シンギュラリティ論も、終末論も、救世主待望論も、 未来にアウトソーシングしているという意味では同じだ、と福尾は言う。
- お金がなくなっても別の権力の形が残る成田悠輔が『令和の虎』に出て 「**希望金額はマイナス1億円です。
- うずまきと貨幣伊藤潤二『うずまき』の単行本巻末に、佐藤優が書いた解説。
となりで喋られていたこと
韻を踏んでいること
この項目に言及している項目
- 顔が見える福尾が Dos Monos について前々から思っていたこと。
- 柄谷行人交換様式A〜Dの議論が参照される。
- そうしておくと楽だからポスターを貼る荘子itがカート・コバーンの言葉でいちばん共感したもの。
- 装飾と犯罪アドルフ・ロースの文章を福尾が初めて読んで、 想像の10倍くらい偏狭な人だったと驚く—— **人間の歴史は装飾を切り捨てていく歴史なのだ、 その原初的な形態が入れ墨で、そこから進歩して モダニズム建築という「ただの直角」にたどり着いたのだ、
- 作り続けている姿のほうを受け取るうずまきと貨幣の分析は面白かったが、 それは出来上がった作品に対する分析でしかないと荘子itは言う。
- 部屋を飾ることのラディカルさそうしておくと楽だからポスターを貼るのマインドでずっとやってきた、 と言ったあとに荘子itが付け加えること。
- 録音ボタンを押していなかった**過去最長の1時間15分、しかもすごく話が回って盛り上がって喋ったあと、 録音ボタンを押していなかったことに気づいた。