機械嫌い書籍
きかいぎらい
速水健朗の著書。
福尾との対談記事がウェブに上がったところで、「『機械嫌い』と『置き配的』は結構似てるよね」という話から始まった。福尾の読みでは、この本はセルフレジでもたつく、美術館がなぜか予約制でイラッとする、マイナンバーカードって結局何なのとなる——そういうテクノフォビア的な状態に置かれた人をマジョリティとして再定義している。マジョリティをどう定義するかのフレームを作るの一例。
この項目が出てくる回
関連項目
- しないこともできる状態にいられるのが能力『置き配的』の原型になった文章で、隠喩と換喩の話をずっとしたあと、いろいろすっ飛ばして出てくる話。
- 存在より前に政治があるドゥルーズを語っていて出てくる一句。
- 批評は社会保障のようなもの東浩紀がインタビューで「批評とは何か」と訊かれて、社会保障みたいなものだと答えていたのが良かった、と荘子itは言う。
- 5年前のことも考古学ができるなぜ歴史学ではなく考古学と言うのか。
- ほっとくとこうなる収録前に、荘子itが2019年の『文芸』冬号に書いた文章が発掘された。
- 最後の平和ボケ2019年と2020年でトーンが変わった、という話。
- 上半身と下半身で別のゲームを同時にやる『群像』での東浩紀との対談を振り返って。
- 情報量としてはゼロなのに何かを言ったことになる存在より前に政治があるの実例として、福尾が高市早苗の国会答弁を挙げる。