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マジョリティをどう定義するかのフレームを作る

まじょりてぃをどうていぎするかのふれーむをつくる

速水健朗との対談から、福尾が引き出した論点。

初出
存在より前に政治がある(2026年6月8日)

番組より

今マジョリティをどう定義するかっていうフレームを作ることがめっちゃ大事だなと思ってて。

そもそもマジョリティをどう定義するかっていうことの政治があるんだっていう。

この項目について

『機械嫌い』は、セルフレジでもたつく人や予約制の美術館にイラッとする人をマジョリティとして再定義している本で、「これからAIについていけるっしょ」という人のほうがある種のエリート層=マイノリティになる。『置き配的』は、保守とリベラルの泥仕合のような密な言論の世界にいる人が数で言えばマイノリティであるとして、その外側のサイレントマジョリティを「疎」という概念で救おうとした。東浩紀の『平和と愚かさ』も、三宅香帆の「働いてると本が読めない人たち」も同じ。マジョリティがあらかじめあってそこに寄せていくのではなく、今マジョリティをどう定義するかというフレームを作ることが大事——それが前半の存在より前に政治があると接続する。批評はエンタメにはなり得ない、というのが福尾の前提。

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関連項目

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