装飾と犯罪
そうしょくとはんざい
アドルフ・ロースの文章を福尾が初めて読んで、 想像の10倍くらい偏狭な人だったと驚く—— **人間の歴史は装飾を切り捨てていく歴史なのだ、 その原初的な形態が入れ墨で、そこから進歩して モダニズム建築という「ただの直角」にたどり着いたのだ、
番組より
装飾と犯罪っていう文章を読んで、アドルフ・ロースってモダニズムの権化みたいな人なんだけど、想像の10倍ぐらい偏狭な人っていうか。
一人の人間が自分の自由と責任のもとに部屋を飾るってことは、一つの社会に対する、それ自体が犯行みたいなことだと思えるわけだよね。
この項目について
** それでも福尾が面白いと思うのは、 装飾を「犯罪的なもの」として捉えているところ。 近代的な芸術は、美術館の白い壁に絵が置かれるだけ—— 空間と作品が全く関係ないのが理想状態。 装飾はその逆で、建築と飾られるものの距離が近く、 その部屋で人が生活していることまで一つながりになっている。 荘子itは「一人の人間が自分の自由と責任のもとに部屋を飾ることは、 社会に対する一つの犯行のようなものだ、と思えるわけだよね—— 透明な社会の中に、自分だけの装飾した空間を作る」と受ける。
この項目が出てくる回
関連項目
- 生き様2.0福尾がXで言い出した、まだ実態のわからない概念。
- 交換様式F柄谷行人の交換様式Dから始まる話。
- ファクトとフィクションとフェティッシュ三つとも、ラテン語の「作る」という動詞から派生している。
- エビデンスなきファクト**エビデンスがしっかりある情報など、もともとほぼない。
- レイバーとワークの切り離せなさアーレントのレイバー(労働)/ワーク(制作)/アクション(活動)の三区分から。
- 立場を分けるのはナンセンス「実存的か、社会的か」という分け方をめぐって。
- 未来にアウトソーシングする交換様式Dも、シンギュラリティ論も、終末論も、救世主待望論も、 未来にアウトソーシングしているという意味では同じだ、と福尾は言う。
- お金がなくなっても別の権力の形が残る成田悠輔が『令和の虎』に出て 「**希望金額はマイナス1億円です。