2025年8月18日
すべての質問に答える(前編)
没の誕生日パーティーの帰りに事務所へ直行して録った質問回。反出生主義、忘れられたくないということ、子供と音楽、プロテインの数値から、村上春樹の文章のリズムと菊地成孔の読みづらさ、そして高校生からの質問へ。
話の流れ
- 0:09事務所に直行して録音ボタンを押した没の誕生日パーティーから速攻で来た。1時間で録り終えて渋谷駅まで送り届けないといけない。
- 3:20反出生主義みんなが知っているわけではないから、無前提に言うのもあれだと思って。
- 6:41古くて新しい、常に頭を悩ませる問題生まれてきたことへの後悔をめぐるクリシェもあるけれど。
- 10:02自分を否定する言葉を繰り返してしまうときそのときは俯瞰してそう思えないが、冷静に考えればそうだよなと思ったりする。
- 13:22忘れられたくない文字通り読めば、好きな人に忘れられたくないということで悩んでいる。
- 16:42完全に頭からすっ飛ぶことはあまりない1年間同じクラスだったくらいの薄い付き合いでも。
- 20:03赤ちゃんを寝かしつけながら初回から全部聞いてくれているリスナーから。慌ただしい毎日のなかの集中できる時間。
- 23:24歌って踊ってくれているとほっとする自分の子供に何をしていてほしいか。ただ年齢を重ねると、自分が好きじゃない音楽も好きになってくる。
- 26:47数値が悪くなること自体はプロテインを飲み続けると腎臓の数値は上がる。だがそれが不健康ということでもない。
- 30:08そういう世代ではない昔みたいな。今でももちろんいるけれど。
- 33:29ちょうど間にいるあり方をその都度発明する逆張りでもなく、何気にそこにいるということでもなく。
- 36:005店舗回って見つけた近所の本屋がほぼ全部潰れてしまって、探すのに苦労した、というリスナーから。
- 39:21村上春樹の文章のリズム5文字5文字5文字7文字6文字、と同じ文字数の単語が並んでいる。
- 40:00読みづらいのに読ませる菊地成孔の文章の面白さは春樹的なものとは全く別で、すごく変で読みづらそうなのに読ませる。
- 42:42非売品だからグッズの話。だいたいTシャツやステッカーのイメージだけれど、ポスターは。
- 46:03顔ジャケが大好物Dos Monosのジャケットは基本的に顔。
- 49:23二人の作品それぞれに言及してからそういう配慮ができるのがすごい。しかも『非美学』にまで。高校生から。
- 52:44高2の真ん中で引退TaiTanも没ももちろん、バンドを一度。
- 56:04本を読んでいれば国語はベースができるその頃は村上春樹がすごく好きだったから。
- 59:253ヶ月乗り切ったのは3人だけ最後に「お前根性あるな」と言われた。何をしていたんだという感じだが印象深い。
- 1:02:47最低賃金以下で働かせている高校生今後も使っていこうという視点で語りかけてくる。その人の世界観がすごい。
- 1:06:07ヒップホップにこそ師弟関係があるビートメイクを教えてもらった人がいるとか。俺にはあまりないけれど。
- 1:09:28東京のスーパー事情でかいスーパーがない地域から来ると。刺身も美味しいし。
この回で出てきた言葉
- 当て馬を敗者と呼ぶこと荘子itが昔から好きではない価値観—— 振られたほうが劣位に置かれるという前提。
- 異形の顔ジャケ荘子itが本当に大好物だと言うもの。
- 売れなくても稼げる「自分たちの世代で売れるということは可能なのか」という 23歳の大学生からの問いに答えて。
- コロンボ研究菊地成孔が人生の後半戦において全身全力をかけた初の書き下ろし単著が コロンボの本だった、ということに荘子itは驚く。
- 自罰的自己愛荘子itがしんどいときに読んで役に立った、斎藤環の本の論理。
- 神格化をやめるためにまめに連絡する「好きになった人に忘れられたくない」という相談への処方箋。
- 人生論的映画評論荘子itが映画批評を好きになったきっかけ。
- センター試験に遅刻した受験生からの質問に答えて。
- 存在しないものを相手にしている福尾が反出生主義を好きではない理由。
- 中毒にさせたいことは適度に禁止する子供がゲームばかりで心配、という話への返し。
- 注文が取れないと即クビ荘子itの明治乳業のバイト。
- ちょうど間にいるあり方をその都度発明する逆張りをするのでもなく、何気にそこにいるということでもなく、ちょうど間にいるようなあり方が、その都度発明されるべきだ、と荘子itは言う。
- true tears荘子itがすごく好きだというオリジナルアニメ。
- 人に選んでもらうと発見があるHATRA の展示会で、荘子itが「これ好きっすね」と言ったら、 デザイナーの長見に「**それだといつもの荘子itさんと変わらない。
- 服なんて今作る必要はないレシスのデザイナーがどこかのインタビューで言っていたこととして。
- 不条理体験福尾は高校3年間ずっと居酒屋で働いていて、 時給630円——当時の岡山県の最低賃金も下回っていた。
- 本当の願いじゃない言葉反出生主義について、実存の側から荘子itが答えたこと。
- 読みづらいのに読ませる三宅香帆が、村上春樹の文章はリズムが気持ちいいと言っていた——5文字5文字5文字7文字6文字、というふうに同じ文字数の単語が並んでいて、言葉の文字数でリズムを作っているからすごく読みやすい。
この回からの引用
反出生主義、全然僕自身は好きじゃなくて。存在しないものを相手にしてるからって感じがするんだよね。
まだ生まれてきてない人が生まれてこなくてもよくなるようにするっていうロジックだと思うんだけど、でも生まれてないじゃんっていうふうに思うんだよね。
そこで抵抗しようとしてるってことは、生きたいというか、少なくとも死にたいが本当の願いではない。
自分はダメな人間だ、こんなやつ生きてる価値ないって自分に言い聞かせてる人ほど自己愛が強いっていう。
→ 自罰的自己愛
健康な形で自分を、自分すごいんだというか、自分のしっかりしてるものをポジティブに評価できなくなっちゃった人間が最終的に頼るものが、自分を罰するっていうその価値観だけは持ってる。
→ 自罰的自己愛
生まれてこなければよかった系の話とかっていうのは、本当の願いじゃない言葉である可能性がもしかしたら高いかもしれない。
自分が好きだったけどもう一緒にいない人として、ある種の神格化された状態になっちゃってるから、それの状況を、神格化をやめるためにまめに連絡とかを取るみたいなことは結構処方箋としてありかもね。
恋愛トークですごい乗れないのが、振られた方が劣位に置かれるみたいな価値観ってあるじゃん。当て馬って呼ばれたりとか。
本当は全然そのゲームにおいての勝ち負けみたいなこととして、絶対的な評価を敗者として置かれるのは本当は間違ってると思うんだよね。
恋愛が成就していくやつから順に脱落していくゲームみたいな感じなの。最後まで全く結ばれなかったやつがある意味では勝者みたいな。
逆にそれによって音楽への執着とかより芽生えたから、逆に良かったかもみたいな。
逆にめっちゃ中毒にさせたいことは、むしろ適度に禁止とかするといいとかね。
売れなくても稼げるっていう状態が可能になってるってことだよね。つまりめっちゃ有名でみんな知ってるみたいなアーティストにならなくても結構稼げますみたいな。
プル型っていうのは自分でリスナーというか消費者が自分の好きなものをチョイスする時代にメディア環境になってきてるんであれば、一個の強いメインストリームの権力の中で大成した人だけじゃない、いろんな人がそれぞれのファンをうまく作っていくみたいな流れにはやっぱ大きな流れで言うとあるんじゃない。
そういうのと逆張りで、そういうのを何気にいるっていうことでもなく、ちょうど間にいるようなあり方っていうのが、その都度発明されるべきだし。
それっていうのは基本的に言葉とか文化の側面でやるべきことだと思うから、そういうものになってると嬉しいなと思ってます。
だからその倒叙もの、いわゆる最初にこの事件の真相が明らかになってるタイプのものの発祥はどこなんだみたいな話から始まるのよ。倒叙とは何なのかみたいな。
→ コロンボ研究
5文字5文字5文字7文字6文字また5文字みたいな、とにかく同じ文字数の単語が並んでるみたいな。言葉の文字数とかでリズムを作ってるみたいな、だからすごい読みやすいみたいなことして。
俺の中で菊地さんの文章の読ませる面白さって春樹的なものと全く別なんだよね。すごい変でめっちゃ読みづらそうな文章なんだけど、読ませるのよ。気になるのよあの人の文章で常に。
異形の顔ジャケが本当に大好物だから。Dos Monosのジャケット基本的に顔なんだよね。
→ 異形の顔ジャケ
顔ジャケが好きなのもやっぱりインパクトがあるから。変な顔ジャケなだけでつい聴いちゃうね、再生してみたくなっちゃう。
→ 異形の顔ジャケ
俺多分センター試験、遅刻して受けられなかった気がするな。それをなんか親にも言ってなかったりとかした記憶があるね。
早稲田に志望してる人の中で全国3位とかだったんだよね。それでなんか周りの先生が急に、あれ福尾すごくねみたいな感じになって。
注文が取れないと即首になるの。その日1個も注文が取れないと即首っていうやつだったの。
最初だから30人以上いて、最後3人しか残らなかったねそのバイト。
不条理体験できるのいいよね、そういう。
→ 不条理体験
最低賃金以下で働かせてる高校生とかを今後も使っていこうという視点でさ、語りかけてるのやっぱやばいよね、その人の世界観が。
→ 不条理体験
人生論的映画評論っていうブログをやってる人がいて、全く有名じゃない人なんだけど、中学の時とかに映画を見て映画についての文章を読みたいってなった時に、その人のブログめっちゃ読んだ時代があって。
→ 人生論的映画評論
基本的に服なんて今作る必要は全くない、むしろ作らない方がいいぐらいのものだから、そこにはそういう批評とか思想的なものの具現化とか作品化としてのものしか、デザイナーとしての仕事はないって。
それだといつもの荘子itさんと変わらないで、これどうですかって言われた。
人に見られてるものって、自分が自然にやってるものと微妙に違ったりする。そこでだから新しい発見、これいいかもって思えるものを見つけられるって、やっぱそれすごいいいよね。