2026年5月18日
文字通りのウォーキズムに抗して
前回の「神回」を受けての通常回。タフネスとは何かを改めて整理し、ショートスリーパー言説を批判し、本人の意思と関係なく上流で待ち構えてしまうことについて話す。
話の流れ
- 0:00神回を経ての通常回間隔が短い。ずっと日曜日曜で。
- 4:22タフネスを改めて整理したい前回もタフネスの話だった。よく言われることではあるが、議論として整理し直したい。
- 8:43実は最強になるキャラクター中心に置かれるキャラクターの話から。桜木花道の描かれ方。
- 13:03俺がみんなを守らなきゃいけない知識を持っているのは自分だけだ、という位置づけになる。
- 17:24我慢比べの世界で弱い方の価値を言うパワーというよりタフネス、つまり我慢比べになっている世界において、その側の価値をちゃんと言えるということ。
- 21:44実践的なタフネスショートスリーパーの人は体力がありそうだが、長期戦には向いていなさそう。
- 34:46ポッドキャストという口実口実があるから話すことが出てくる。
- 39:07どこから撮ってもいいもの完全に透明な視点というより、どこから撮ってもよく、そこでアングルの良さのセンスが問われる。
- 43:29逆エビデンス睡眠学者がパキパキと語りかけてきて「逆論証されてましたよね」と言う。逆エビデンスとは何なのか。
- 47:52出口の無さを描く小説そういうデッドロックを描いている小説はとてもいい。片やショートスリーパー礼賛がある。
- 52:13ジェンダーギャップもあるのかもう飽き飽きです、という反応。
- 56:35昔の想像力をベースにしているショートスリーパー言説も、もっと頭よく夢を語れるはずなのに、昔のテレビ的な想像力に乗っているのではないか。
- 1:00:55やっとここまで来たか話し始めると急に「どこにいたんだ」「ようこそ」という感じで笑われはじめる。
- 1:05:15当たり前のことに戻るある側もない側も等しくそう思うべきだ、と素朴に思った。
- 1:09:37本人の意思と関係なく上流で待ち構えてしまう個々人はそんなことをしようと思っていないのに、結果としてそうなってしまう。
- 1:13:57自分が聞きたかったことを忘れているだから聞かなくていいのだろう。話のなかで引っかかった具体例を聞きたい。
- 9:05マジで淡々とずっとやってました桜木花道的な玉砕覚悟ではなく。それが流川より上まで行く。
- 23:475秒に対する恩返し夢を見させてもらった。そこから概念を引き出そう。
- 34:19これ企画なんで1回8時間寝てください正面突破では救えない。優しい嘘というか。
- 48:41時間の量を増やしてもしょうがない生産性の方向にも、余暇の方向にも。
この回で出てきた言葉
- 朝5時は起きられる福尾は普段11時か1時か2時に起きるので、午前中の収録は「朝練状態」になる。
- 解釈が必要な人毎朝5時に起きて20キロ走る元ゴールドマン・サックスの人には、なんだか一個抜けているオーラがある。
- 噛ませ犬の噛みが道になるいま『バキ』でジャック・ハンマーに光が当たっていて、その最大の武器が噛みつきになっている、と福尾。
- 我慢比べの世界で虚弱の価値を語るホストの世界は超パワー、というよりタフネス、つまり我慢比べの世界である。
- 企画という口実「寝た方がいいよ」と正面から言っても救えない。
- 虚弱エッセイと体力お化け自己啓発「体力お化け」という言葉がよく使われ、ビジネスの文脈では「体力があるやつが最後に勝つ」と言われる。
- 慶應ディープステート先週たまたま慶應の話をしたら、その1週間で慶應出身の作家二人から立て続けに依頼が来た、という話から。
- コーラボタン荘子itが福尾に伊良コーラを勧める場面から。
- 5秒の夢への恩返し毎日30分しか寝ないと言う人が出てきたとき、みんな半信半疑ながらどこかで期待してしまった——完全にガンダムのニュータイプと一緒で、ひょっとしたら本当なのかもしれない、これでいけるとしたらとんでもないぞ、と。
- THE FIRST SLAM DUNK荘子itがスラムダンクを全く知らない福尾に、解説もネタバレもなく要点だけを伝えようとして説明する。
- 時間の量を増やしてもしょうがない片やショートスリーパー、片や村上春樹の「眠り」。
- タフネスの二段階スラムダンクを全く知らない福尾に、荘子itが『THE FIRST SLAM DUNK』を説明しながら。
- 眠り村上春樹の短編。
- バキ福尾が最新刊まで追っている数少ない読者の一人だという。
- ビデオポッドキャストのビデオポッドキャストは限りなくフレームしかない、と荘子it。
- 本人の意思と関係なく上流で待ち構える個々人は別にそんなことをしようと思っていないのに、結果として上流で待ち構えてしまっている構造がある。
- 余暇でブラブラしていても結果労働になる村上春樹の長編小説の男性主人公は、「眠り」の主人公と同じように余暇をいきなりガバッと与えられる——失職して、もう何もしなくていいですよ、となる。
この回からの引用
意外と朝練の朝5時は起きれるんだよな。
だから桜木花道的な、なんか花のある玉砕覚悟的な、そういう感じじゃなくて、マジで淡々とずっとやってましたみたいなやつが、なんなら流川とかより上まで行きますよみたいな。
→ タフネスの二段階
噛みつきを道にまで昇華させた男としてジャックハンマーが出てきてる。
なんか強さっていうものの定義がどんどんコロコロ変わってるっていうのがすごい面白い漫画なんだよね。
→ タフネスの二段階
虚弱なやつはエッセイに行って、タフネスのあるやつはビジネスに行くみたいな。虚弱エッセイと体力お化け自己啓発の二極化が今進んでると思うんだけど。
それに対して僕はエッセイ側なんだけど、タフネスについて書いてるっていう、ある種変なポジションにいる。
超パワーというかさ、パワーというかタフネス、それこそもう我慢比べだよね、みたいな世界において、なんかそのそっちの価値をちゃんと言えるっていうかさ。
田中圭さんは解釈しなくていいじゃん、もう完結してるから。でもショートスリーパーの人は解釈してあげないと変な人になっちゃうじゃん、変なこと頑張ってる人になっちゃうから。
→ 解釈が必要な人
それは5秒ぐらいの夢だったかもしれないけど、でもその5秒に対する恩返しをどうするかってことをみんなで考えたいなと思う。
そこから概念を引き出そうよ。
その優しい嘘っていうかさ、これ企画なんで1回8時間寝てくださいっていう、そういう世界だったらいいのになって。
→ 企画という口実
やっぱ企画というか何か、何かがあるから開く扉っていうのをね。素直に話していいよっていうのだけではちょっと到達できない。
→ 企画という口実
虚構っていうかフィクションの枠組みがあるからこそ書けるリアルなものがあるんだみたいな話を聞いたんだけど。
→ 企画という口実
むしろかっこよくない方がいいよね絶対。限りなくただ撮れてるだけでいい。
ビデオの中のすごくなんていうかニッチなジャンルではあるんだけど、それを通してビデオ的なもの全体の見え方も変わるよね。
労働は程々にして、じゃあ余暇の時間で自分の好きなことを楽しむっていうことだけで我々が救われるのかといったら、そういうわけでもないみたいな。
時間の量を増やしてもしょうがない。量を増やしてもしょうがない。
長編主人公の男性は余暇でブラブラしてるだけでも結果労働になるんだよ。それに対して短編主人公の女性は、いくら余暇を与えられても自己実現できないし、それが労働という社会的な意味を獲得することはなくて、家事労働だけ。
そういうなんかジェンダーギャップみたいなものが長編と短編の違いとしてめちゃめちゃ明確に現れていて、だからこそ僕としては村上春樹に対してよく言われる、女性を理想化しているとかっていう批判は何か当たらないなって感じがしている。
でもボタンを押したらコーラが出てくるってさ、すごいなんか20世紀的な夢だよね。
→ コーラボタン
哲学とか批評ど真ん中ゾーンに慶応の人いないの。これ面白いよね。
急に慶応の人が増えてくる。上流で待ち構えてるんだよ、慶応の人が。これ怖いなと思って。
個々人はさ別にそんなんしようと思ってないわけじゃん。でも結果として上流で待ち構えちゃってるわけじゃん。