過保護になることでタフネスが抜け落ちる
かほごになることでたふねすがぬけおちる
福尾が書いた『カホ』の書評について。
番組より
彼の作品に本来あったはずの倫理性っていうか、それこそタフネスみたいなもの、それこそ過保護になることによって抜け落ちちゃうっていうことがパラレルに起こっちゃってる感じがして。
この項目について
仮タイトルは「カホに過保護」だった——どうにか傷つかずにうまくいってほしい、という気持ちがすごく感じられる書き方をされている。現代を生きる26歳の女性が主人公なのに、いま若い女性がどういう感じで生きているかのディテールが分からない——リアリティがないからダメ、ではなく、小説的なリアリティを作る上での道具立ての少なさが目立ってしまっている。そして彼の作品に本来あったはずの倫理性、それこそタフネスが、過保護になることによって抜け落ちてしまう——それがパラレルに起こっている。新潮に載った5つほどの書評のうち、福尾だけが怒っていた。
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関連項目
- 地元の最高の先輩濱口竜介について荘子itが言うこと。
- 恥をかかせないための作法黒沢清の時代劇の、いつでも白黒フィルムに繋げられるような厳格な様式について。
- きついと思うかどうかはお前次第村上春樹『走ることについて語るときに僕の語ること』に出てくる格言——Pain is inevitable but suffering is optional。
- 店員と全く交わらずに楽しいモバイルオーダー問題、タッチパネル問題として嘆かれることについて、福尾は機械化自体は全然嫌ではないと言う。
- これが奇跡ですよと指ささない『急に具合が悪くなる』はギヨーム・ブラックが撮影監督で、スタンダードとワイドの中間くらいの画面サイズで、さり気ないのにビシッと来る。
- 現象学が嫌いケア的な文脈のコンテンツに心理的な負荷を感じる、という話を荘子itが「人によるよね」で回収しようとしたら、福尾から「現象学が嫌いなんだよな」という「マジでこいつしか言わないタイプの理由」が返ってきた場面。
- そっちにも心はあった黒沢清の時代劇について。
- 一度英語を通過した語彙村上春樹の面白さの源として福尾が挙げるもの。