沈黙が悪じゃない状態
ちんもくがあくじゃないじょうたい
界隈なり領域なりを作った上でそこを閉じると、 その中に言うべきことがぎっしり詰まっている状態になる。
番組より
その中に言うべきことがぎっしり詰まってるし、それを言ってない奴は何らかの既得権益に加担してる、沈黙も悪なんだみたいな構図が一瞬で作られちゃうわけだけど。沈黙が悪じゃない状態ってどうやって作れるのみたいなことを考えると。
やっぱり言うべきことが密な空間と、言うべきことが疎である、まばらである状態っていうのを、単なる程度の差にするんじゃなくて、概念的にかっちり分けて考えることができるんじゃないか。
この項目について
そして、それを言っていない奴は何らかの既得権益に加担している、 沈黙も悪なんだ、という構図が一瞬で作られてしまう。 では沈黙が悪じゃない状態はどうやって作れるのか。 そのために福尾が持ち出すのが疎密で、 言うべきことが密な空間と、言うべきことが疎である・まばらである状態とを、 単なる程度の差にするのではなく、概念的にかっちり分けて考える。 『置き配的』ではそれをざっくり「ネットと日記」の対比として扱っている。 SNSの話であると同時に、アカデミズムの問題でもカルチャーの問題でもある。
この項目が出てくる回
関連項目
- 言うべきこと製造機インターネットも、ポッドキャストも、カルチャーも、アカデミズムも、 「言うべきこと」を無数に生み出し続けている。
- 本当に言いたいこと言いたいことの内容で勝負する局面ももちろんあるが、そんなにしょっちゅうはない。
- 疎という一文字流行語大賞の話から、「ソとミツ」が流行語だったらかっこいい国だ、という流れになる。
- 構造を追い切れないことが気持ちいいヒップホップのビートは、音楽理論で譜面に起こそうとするとかなり変なことをしている。
- 村上春樹「スパゲッティ茹でてセックスして、なんなんこいつ」という雑な揶揄が 男性中心主義批判のステレオタイプとしてある。
- 置き配的2025年11月刊。
- 疎シット「疎」の語呂を繋げていく途中で出てくる。