沈黙が悪じゃない状態
ちんもくがあくじゃないじょうたい
界隈なり領域なりを作った上でそこを閉じると、その中に言うべきことがぎっしり詰まっている状態になる。
番組より
その中に言うべきことがぎっしり詰まってるし、それを言ってない奴は何らかの既得権益に加担してる、沈黙も悪なんだみたいな構図が一瞬で作られちゃうわけだけど。沈黙が悪じゃない状態ってどうやって作れるのみたいなことを考えると。
やっぱり言うべきことが密な空間と、言うべきことが疎である、まばらである状態っていうのを、単なる程度の差にするんじゃなくて、概念的にかっちり分けて考えることができるんじゃないか。
この項目について
そして、それを言っていない奴は何らかの既得権益に加担している、沈黙も悪なんだ、という構図が一瞬で作られてしまう。では沈黙が悪じゃない状態はどうやって作れるのか。そのために福尾が持ち出すのが疎密で、言うべきことが密な空間と、言うべきことが疎である・まばらである状態とを、単なる程度の差にするのではなく、概念的にかっちり分けて考える。『置き配的』ではそれをざっくり「ネットと日記」の対比として扱っている。SNSの話であると同時に、アカデミズムの問題でもカルチャーの問題でもある。
この項目が出てくる回
関連項目
- 言うべきこと製造機インターネットも、ポッドキャストも、カルチャーも、アカデミズムも、「言うべきこと」を無数に生み出し続けている。
- 本当に言いたいこと言いたいことの内容で勝負する局面ももちろんあるが、そんなにしょっちゅうはない。
- 疎という一文字流行語大賞の話から、「ソとミツ」が流行語だったらかっこいい国だ、という流れになる。
- 構造を追い切れないことが気持ちいいヒップホップのビートは、音楽理論で譜面に起こそうとするとかなり変なことをしている。
- 程度の差を本性の差として捉え返す言うべきことが密な空間と疎な空間を程度の差ではなく概念として分ける、という話の背景にあるもの。
- びっくりさせながら読んでもらう10万字20万字の文章を読んでもらうというのは、それだけのコストを払ってもらうことだから、何らかの報酬系が刺激されないと読んでもらえない。
- ドラムのないラップbilly woodsをはじめとする最近のアングラのラップの特徴として、ドラムのないビートがある。
- 処方箋を出さないと精神論に翻訳される三宅香帆の本が「半身で働こう」という処方箋を提示するのに対して、『置き配的』が明確な処方箋を提示しないのは、ある種の誠実さとしてやっているつもりだ、と福尾。